The Decisive Strike

Pulvis et umbra sumus.

2023年終わりに

思えば2023年はこのブログに記事を書くことがなかった。さまざまなことが起き、筆を取る暇がなかったのかもしれない。

今日、秋葉原に向けて自転車を漕ぎながら考えた。政治思想そのものは近代において非常に大きな役割を果たした。我々が現在生きているこの社会を形作るさまざまな制度は、根本においては近代政治思想の産物である。この数百年は、倫理や思想が社会を牽引した、特異な時代だったと言えるのかもしれない。けれどもその時代は去った。現代を牽引するのは思想とそれに根差した制度ではなく技術である。最近ではいわゆる AGI、汎用人工知能へと至る道についての議論が盛んだ。そこに倫理の水準を持ち込もうとする試みはあるが、メインストリームではない。政治思想や倫理学といった一見わかりづらい議論を展開する学問はしばしば批判に晒される。厳しい時代だ。

政治思想史に対して、「なぜ政治家でもないひとりの思想を研究することが社会の理解につながるのか?N=1じゃないですか」という疑問を聞いたことがある。確かにこういった研究は、思想家や彼らの思想を記した書物が何らかの特権的な地位を占めうる社会においてのみ有効であり、それがリアリティを失った今、このような疑問が出てくるのは仕方のないことなのだろう。2020年代、多くの人の行動を規定し、影響を与えるのは、動画で直接的にスマホの画面から訴えかけてくる「インフルエンサー」であり、小難しい論を垂れる学者や思想家ではない、のだから。

けれども特に近代の基礎を形作る思想を知っておくことは、現代に生きる我々が置かれている状況を理解する未だ有効であるとわたしは思う。2024年は自分自身の思考についてもできるだけ多くを残していこう。2023年、お疲れ様でした。