The Decisive Strike

Pulvis et umbra sumus.

希望を売るな

希望を売るな
  • 「私たちは化粧品を売っているのではない。希望を売っている」って言われちゃうと、「うるせーな化粧品売れや」と思ってしまう。

  • もちろん理屈はわかる。 化粧品の価値はその物自体に内在しているのではない。むしろ、化粧を施された顔がもたらす体験を通じてのみ化粧品の価値は実現される。 化粧に利用されずして化粧品の価値があるわけではない。だから化粧品を売る会社は、モノを売っているのではなく、それを利用した化粧がもたらす体験を客にもたらしているのだ。それは希望かもしれないし、ドキドキかもしれないし、社会と相対するための強さかもしれない。そのロジックは理解できるし、それを「希望を売っている」と表現することは、むしろ秀逸なコピーライティングとして称賛に値するものだろう。
  • しかしこのような言説を通じて「希望を売る」ことを表明してしまうと、売られているモノ、プロダクトそのものに対するこだわりは前景から外れることになる。極論すれば、消費者に売られているどんな商品も、「希望を売っている」のだ。水素水だって血液クレンジングだってCO2回収サブスクだって、夢を、幸福を、希望を売っているのだ。しかし、それで、それだけでいいのか?むしろ希望ではなく化粧品を売っていること、よいモノを売っていることに誇りを持つべきなのではないか?そう思ってしまうのは、モダンに乗り遅れているだろうか。
車を買い替えようと思っている。
  • 現在は Mazda3 SKYACTIV-X 6MT に乗っているのだが、マニュアルだと自分しか運転できないということで、オートマ車に変えようと思っている。せっかくならEVがいい。家にも充電設備があるし。ずっとマツダに乗っているので、できればマツダがいい。
  • そこで、MX-30 の1日試乗プログラムを利用して、1日車を借りて家の周りをうろちょろしてみた。走り出しもスムーズだし、車内の静粛性が非常に高いので音楽も気持ちよく聴ける。なかなか悪くない、と思った。
  • しかし MX-30 を返却して自分の Mazda3 に乗り込みクラッチを踏むと、あまりの楽しさに唸ってしまった。やはりマニュアル車は運転して気持ち良い。ギアがスッと入ると気持ち良いし、エンジンの細やかなコントロールをしながら走る道は、別にその辺の一般道だってとても楽しいのだ。困った。どうしようかな。
  • マニュアル車の運転の楽しさを追求するなら、やはり MX-5 ロードスターだろう。今年の改良でナビも新しいものになり、購入欲をそそられる。しかし実用性はゼロだ…
  • 全てを諦めて実用性一辺倒の車を買い、二台目として小遣いでロードスターを持つのもいいかもしれない。実はそれがFAだったりするのか?
  • 夜、家の近所の焼肉屋で飯。うまい。特に粕汁が秀逸だった。
  • 何も考えず、最近思っていることをひたすらただ話し、すっきりした。